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zoom RSS 科学真理教――ホメオパシー問題で思ったこと (その2)

<<   作成日時 : 2010/11/24 10:28   >>

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(その1)

少しまとめると、ホメオパシー側の反論をはっきり否定するためには次のことが必要でしょう。そして、以下のように私には無理です。

・勉強して自分の科学に対する理解をしっかりさせ、元の文献を読み、言っていることがおかしいと検証する
 → とても時間がかかるし、そもそも自分が勘違いしたら終わり

・文献とされている論文が発表されている雑誌の格や、載せるべきかの審査(査読)にパスしたものかどうかを見る
 → 悲しいことに、どうやったら論文や雑誌の位置づけが分かるのか見当がつきません。どこかに格付け情報があるんでしょうか

こんなことは、高校までの科学教育やテレビ・新聞・雑誌・インターネットにより科学の知識を得るだけではできそうにありません。更に、上でもふれましたが、統計でしか結果を示せない分野でどのような論理で話を進めていくのかについては、どうやって勉強すればいいのかすら見当がつきません。医学書の棚の前で腕組みして困ってしまうのみです。

結局この困難は、ある内容を科学的に妥当と判定する基準が具体的に分からない、ということなんです。その基準はつきつめれば、科学者のコミュニティーに受け入れられるかどうかなのですから、判定はその一員である職業的な科学者でないと難しいと思います。(疑似科学と科学の違いなど、まぎらわしいものを考えています。)

ということは、極端に言うと、相対的に少数の科学者集団しか科学的真理を判定できず、一般人はそれを信じるしかないってことになります。科学真理教って言いたくなります。


でも、よく考えてみると、一般人が信じるしかないのは科学だけではありません。この複雑な社会で、専門的な知識を持ち専門的判断を下せるのは専門家だけ、というのはむしろ当たり前です。そのための専門家なんですから。また、まともな専門家たちが合意して発表したものよりも頼りにすべきものは普通はありません。

科学は確かに、仮説を立て、実験や実例で検証していくプロセスかも知れません。でも、各個人が全ての知識についてそうしなければならないわけではありません。このプロセスで既に得られた今までの膨大な成果のストックと辻褄が合うものは信用していいし、そうでないものは信用できないでしょう。

科学に限らず、言っているのはまともな専門家か、自分の持つ基本的な知識と整合性があるか、と言う点に気をつけて信用するかどうか決める、それにおかしなところはありません。むしろそれ以上はできません。


これまでの話でおかしなところがあるとすれば、専門家を信じる態度を、科学真理教として否定することの方です。つまり、ホメオパシー医学会に素人一人の科学のセンスで正しく反論できると思う方が変なんです。それが自分には出来ると思いこんじゃうと、結局ちゃんと否定することができずに、はまりこんだりするのかもしれません。

ではなぜ科学については、専門家や今までの成果を信じるのが正しくないように――科学真理教を信じているかのように――私は感じてしまったんでしょう。

それは、真の科学というものを「「科学する心」があれば、誰でも、たった一人でもできるものだ」と何となくイメージしていたからだと思います。科学解説書の中には、英雄的な科学者がたった一人でそれまでの科学成果に逆らうようなことを見つけ出したように書いてあったり、また身近な現象を子供だけでもいろいろやってみて解き明かせるかのように書いてあったりするものがあったように思います。学会に所属していなくても、科学する心さえあれば、科学的真実に行きつくことができるかのようなノリを感じていました。あたかも、教会に通わなくても、信仰心さえあれば、神様とつながれるかのように。

結局そのノリは、一般人に科学に親しみをもって欲しいが故の演出――ウソにすぎないでしょう。私がこの文章で言いたいのは、このノリのほうこそ、私を汚染していた害のある教義――科学真理教ではないか、ということです。

(オマケ)

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
http://iwatam-server.sakura.ne.jp/software/giron/giron/ar01s03.html#id864032
とおりすがり
2010/11/25 12:30
面白く読ませていただきました。基本的に正しいと思います。

少数の(でもないけど)科学者集団の合意とは、パラダイムのことではないでしょうか。医療行為の効果を統計学的に判定するという考え方はパラダイムであると理解できます。50年前にはそれは受け入れられていませんでした。ところで多くの疫学研究者は、数学的に全ての統計手法ならびにその思想を理解しているわけではありません。それでも疫学者は統計学によって効果判定をしており、毎回の論文毎に「ところでこのP値というものを使うことが正しいと考える理由は・・・」などといちいち立ち戻りません。それは統計解析結果を、国家や疫学者や医者、さらに優秀なジャーナリストはそれを正しいとして受け入れる規範、パラダイムがあるからです。パラダイムについては、同時代の人間の多くはそれを無批判に受け入れているものと考えられます。

気をつけなければいけないのは、「ホメオパシーに効果がない」ということはパラダイムではありません。「医療行為の効果を統計学的に判定する」ことがパラダイムであって、そのパラダイムのもとでホメオパシーは無効であると判定したということです。

パラダイム自体が正しいかどうかの評価というのはもうそれはとんでもなく難しいことで、数百年に一度の天才か、時代の大きな流れでしか覆ることはないと考えられます。でも、パラダイムのもとでの、「ホメオパシーが有効であるかどうか?」これは、興味がある人なら議論できる対象です。もちろん多少勉強する必要はあります。その上で、パラダイム自体の真偽については議論せず、国家として、あるいは専門家である医者集団として、あるいは科学ファンとして、ホメオパシー団体の主張を受け入れられないと表明することになんら問題はないし、それは可能です。

トーマス・クーンの科学革命の構造をお読みになることをお勧めします。
aggren0x
2010/11/25 19:22
通りすがりさん、コメントありがとうございます。

URLは、議論の方法について、とくに何を前提とするかという公理について説明されてるページですね。

私の話のしかたがなっていない、というご指摘でしょうか、、、
honnya
2010/11/25 19:47
aggren0xさん、コメントありがとうございます。

私は科学については良く分かっていないと自覚しているもので、パラダイムというのも良く分かっておらず、本当はご紹介の「科学革命の構造」を読んでから返信すべきところですが、とりあえず。

判定基準自体を検証しようとまでは考えていないつもりです。基準に従った妥当なものかという判断が門外漢には難しいというつもりでした。ある分野がどんな基準で動いているのかは、その道の知り合いに聞くでもしないとなかなかわかりません。例えばそのP値について、計算方法の注意や値がいくつならいいのか知りたかったらどうすればいいんでしょう。やはり医学書の棚の前で腕組みしそうです。

今回のことであちこち読んで少し分かったのは、科学というものが、パラダイムすら見直しつつ進歩してきたもので、そのことにとても価値があるらしいということです。

科学で得られた知識だけでなく、そういう側面がもっと知られるべきだと思いました。書籍の紹介感謝いたします。
honnya
2010/11/25 20:24

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